トータルフットボールとリベロ(BS1)

74年西ドイツ大会のお話。番組名は不明。

前線の選手も守備をして、最終ラインの選手もボックスまで進出する。今となってはごく当然なやり方を広く知らしめた、ミケルス監督のオランダ代表。大会前から課題とされた、守備の強化と攻撃力の向上を「リベロ」の採用で両立させた西ドイツ代表。当たり前に知っていることでも、改めて本人達から説明を受けると、新鮮な感じであった。

「トータルフットボール
要するに「みんなで守ってみんなで攻める。ポジションは適宜変えればよし」という、現代サッカーのおおもと。前が空いていれば攻め、後ろで穴が空けば守る。初期配置として、あるいは原則的な位置としてのポジションはあれど、絶対的に拘束力を持つものではないという点で、当時はとんでもなく画期的だったことが分かる。対戦したブラジルのリベリーノでさえ、その衝撃を素直に賞賛として表現していたのだから。驚くべきことに、この時点ですでに現代サッカーの素材は全て揃っていた。フォワードも含む前線からの守備(プレスディフェンス)、前線に空いたスペースへ上がり(守備陣の攻撃参加・オーバーラップ)、後ろの隙間は前の選手が下がって埋める(ポジションチェンジ)。全員の距離を縮めて守備を行い(コンパクトなフィールド)、縦パスに対してディフェンスラインを上げてオフサイドを意識的に発生させる(オフサイドトラップ・ラインディフェンス)。どれもこれも、すでにこのオランダ代表がピッチで実現させていただのだから、改めて驚かされた。

リベロ
最終ラインの後ろに1人、特定のマークを持たない選手を置き、この選手が攻守に渡ってボールのあるところに顔を出し、必ず数的優位を作り出すというやり方。守備時は1枚余った状態でDFとGKの間に構えることでカバーリングを行い、ボールを持つやいなや前に預けてあがったり、そのまま持ち上がったりする。トータルフットボールより現実味のあるやり方だが、卓越した戦術眼と確かな技術を持つスーパーな選手が必要であり、西ドイツで言えばベッケンバウアーがいたからこそ出来たと言える。このリベロのやり方は今となっては実現が難しい。理由は大きく2つある。1つめは守備の巧い絶対的な選手が少ないこと。2つめは現代サッカーには時間とスペースが少ないこと。前者においては、ベッケンバウアー以後も、マテウスバレージなど優秀な選手が出たが、マティアス=ザマーを最後にその系譜は途絶えたと言って良い。後者においては、「ダイレクトプレー」「プレスディフェンス」に象徴されるように、攻撃はより早く、守備はより素早く最前線から、というのが主流になっていることで分かる。

どちらも、FWが守備をせず、ハーフウェイラインまではボールを持たせていたような時代に生まれたものであり、現代サッカーに大きな影響を与えたことは言うまでもない。
トータルフットボールの考え方は、80年代後半から90年代にかけて組織守備の発展に大きく寄与し、「これ以降、組織守備を打ち破るドリブラーは出てこないし、不要になるだろう」と予言する人が出たほど、素早く高度に組織化されたプレスディフェンスを生んだ。その代表的なチームのACミランは、奇遇にも、フリットファンバステンライカールトの「オランダトライアングル」を擁して、ため息が出るほど美しく連携した組織守備をもって欧州を、世界を席巻した。一方のリベロにしても、ポジションから選手を解き放つということではその考えを同じくすると言ってもよく、チーム全体でやるのか、スペシャルな選手を置くのかという点での相違に過ぎない。

W杯を前にした「温故知新」としてはとても良い番組でありました。